南京事件・結論


第 九 章 结 论

在前几章中,作者着重汇集了直接目击者提供的叙述,及若干通讯社报刊的报道。特别是以直接目击者提供的叙述构成本书的主体。作者根据这些材料和过去在远东的个人经验在这最后一章里叙述一些概括性的观察。

第 九 章 結   論

前の各章で、筆者は目撃者が提供した叙述や、若干の通信社が報道した内容を直接に収集したものに重点を置き、とくに直接の目撃者が提供した叙述を本書の主体として構成した。筆者はこれらの素材に加えて、過去に極東で自分が個人的に経験したことに基づいて、この最後の一章では、若干の概括的な観察を述べることにする。

 

全世界的报刊都以明显的地位登载了日军侵略中国,占领了长江三角地带及在南京的种种暴行。为表明奸淫,掠夺,残杀等种种暴行的报道是否是确凿可信的事实,都直接刊登了目击者的叙述,加上真实的照片和正式文件。这些是普通的人们想要了解的。

 

全世界の新聞や雑誌は、日本軍が中国を侵略し、長江の三角地帯の占領や、南京でおこなった種々の暴行について、明白な立場に立った記事を掲載した。姦淫や略奪、惨殺などの様々な暴行を明らかにした報道が信頼に値する確かな事実であるかどうかは、すべて目撃者の記述に加えて、真実を表す写真と本文をそのまま掲載したものに依るので、一般の人々にもそのことを了解してもらいたいと願うものである。

 

本书的正文和附录包罗的种种暴行的材料和证据,出版后,所有的怀疑会一扫而光。但是,本书所揭示的繁多的材料和证据,仅仅是代表了日军侵华暴行的一个侧面。由于篇幅的关系,作者不得不割爱,删去了大量的重要材料。

 

本書の本文とその付録とは、種々の暴行の資料と証拠とを網羅しているので、出版後にはあらゆる疑問が一掃されることになるだろう。しかし、本書に掲載した数多くの資料や証拠は、わずかに日本軍の中国に対する暴行の一側面をあらわしたに過ぎないのである。また、紙幅の関係上、筆者としては、大量の重要な資料を割愛したり削除したりせざるを得なかった。

 

然而请读者切记,本书汇集的仅仅限于若干个比较大的城市以及中立的外国人所到过的地方的素材。事实上,被占领的整个农村和城镇都同样受到直接影响。全国人口占百分之八十以上的是农民,所以无法将其全部写出。另外,关于日军是怎样以有组织有计划的行动,破坏中国工业,摧毁文化机关和医院,烧毁一般产业(从贫陋的茅草房到豪华的巨厦)的种种暴行,本书揭示的很少。而这些大部分是被占领后发生的情况。

 

そうではあるが、読者の皆さんにあっては、本書が収集したものが若干の比較的大きな都市と中立的な外国人が赴いた地域の資料に限られているものであることを記憶に留めておいていただきたい。実際のところ、占領された全ての農村と町村は、みな同じように直接的な影響を受けているが、全国人口の八割以上を農民が占めているので、その被害の全てを描き尽くすことはできない。それ以外に、日本軍がどのような組織を持って、どのように計画的な行動に関与したかについて述べれば、彼らは中国の工業を破壊し、文化機関や病院に損害を与え、一般の産業(貧困なわらぶき屋根の商店から豪華で巨大なビルに至るまで)を焼き払い、種々の暴行を加えたのだが、本書にはそのわずかしか掲載できない。しかも、これらの大部分は占領後に発生した出来事なのである。

 

日本当局只是表示这样的报道,未免“言过其实”了。但尚未严肃地否认日军在南京及各地犯下的暴行。有良心的日本人曾利用极秘密的机会,承认这些报道的真实性并深感惭愧。日本官方用以下两种理由为自己辩护。第一,这些都是单独的偶然事件。第二,其它战争也发生过同样事态。日方在上海发刊的宣传小册子是这样陈述的“假如日军的若干暴行是真实的,在日军与外国侨民之间如果确实发生过某种偶然事件。这些暴行和偶发事件的士兵与在中国作战的全体日军相比仅占百分之零点一或百分之零点五。至多不超过百分之一。侵华的日军数量之多,就是仅仅按照承认的百分之一的最高比例,难道这就算大规模的不良行为码?对此任何公正的人士都将予以否定的答复。”

 

日本当局は、このような報道が「話が誇大で実際と違う」ものだと言わざるを得ないと表明しただけであり、日本軍が南京および各地で犯した暴行事件についてもいまだに厳密な意味においては否認もしていない。良心的な日本人は、かつて極秘の機会を利用して、これらの報道の真実性を認めて深い慚愧の思いを表明した。日本の官憲は次の二つの理由で自己弁護をしている。第一は、これらの事件はみな単独の偶然の事件であり、第二は、他の戦争でも同様の事態が発生した、というものである。日本側が上海で発行している宣伝用の小冊子では、「かりに日本軍による若干の暴行事件が事実であったとしても、日本軍と外国居留民との間に確かにある種の偶発事件があったとしても、それらの暴行事件と偶発事件に関わった兵士と、中国で作戦に加わっている日本軍全体と比べてみれば、100分の0.1、あるいは100分の0.5、多くても100分の1を過ぎることはない。中国に侵攻した日本軍の数量は多いので、最高比率である100分の1を占めたことがたとえその通りだと認めたにしても、これが大規模な不良行為であるとはとうてい言えないのではないか。公正な人間ならば誰であれ、このことに対しては否定的な回答を与えることであろう」と述べていた。

 

这种诡辩酷似说撤了谎话的人以“这不过是一次小谎”的理由为自己掩饰。根据确切的报告之多,可以断定造成暴行的日本兵,占日本在华军队总数的比例,远远超过百分之一。至少能推断四千人至五千人之间。假如英国或美国军事当局发觉其部下象上述所提到的四,五千人肆意放火,奸淫,掠夺,必然大为不安。假如,他们知道许多暴行的发生曾受军官的指挥和监督,这种不安的心理必然更为增强。

 

この種の詭弁は、虚偽を語る人の言い方と酷似しており、「これは一回だけの小さな嘘に過ぎない」との理由で自己の過ちを覆い隠すものである。根拠の確実な報告が多いので、暴行を働いた日本兵と中国にいる軍隊の総数との比率は遥かに100分の1を越えているし、その数は少なくとも4000人から5000人の間だと断定することができる。イギリスやアメリカの軍事当局の場合、もしも上述したような4000、5000人の部下が勝手気ままに放火したり、姦淫、略奪を行った事件が発覚すれば、必然的に大いなる不安に陥っただろうし、もしも彼らが数多くの暴行の発生が事前に将校たちの指揮監督を受けていたと知ったならば、この種の不安な気持ちは必然的にさらに強まったことだろう。

 

如果仍以为前几章叙述的日军普遍的暴行仅是代表着“例外”,不代表常规。因此对于战争的恐怖和军队的残暴成性,应该熟视无睹,假作痴聋,这就等于否认了正义和道德的根本存在。如果暴行是“例外”,我们就更易向日方责难,表示我们嫉恶如仇的正义感;如果暴行是常规,我们就更须设法阻止事态的重演。我们目前必须表示出对道德法律绝对的忠诚,而不能附带任何条件,否则忠诚也就不能成为忠诚了。

 

もしも前述の数章の記述が、日本軍の日常的な暴行は「例外」であり、それは通常の出来事を代表するものではなかったとするならば、それはすなわち、戦争の恐怖に対しても軍隊の残虐性に対しても、習慣的になっているからであるが、これらの残虐行為に無関心であってはならず、かりにも愚かで何も見えない聞こえないようであってはならない。それは正義と道徳の根本のあり方を否定することに等しいからである。もしも暴行が「例外」であると主張するならば、我々は日本側に対し仇敵を憎むがごとくに悪を憎む正義感を表明して、非難を加えるとともにそれを改めさせるつもりである。また、もし暴行が通常の出来事であるとするならば、我々は事態が繰り返されることを阻止すべくさらなる方法を講じなければならないだろう。我々が現在必要としていることは、道徳や法律に対して絶対的に忠実であるべきで、それには何らの付帯条件も付けないことであり、さもなければ誠実でいようとしても誠実でいることはできなくなってしまうのだ。

 

有人想以“老生常谈”的借口替日方洗刷,表示一切战争不免产生恐怖的结果。可是请别忘记,日本从未承认在华的行动是战争。而且受难者主要是非战斗人员的平民。日军在中国犯下的暴行,究竟是由于胜利高潮中的士兵失去了常态?还是代表了日军当局所采取的有计划的恐怖政策?也许很多读者有这样的疑问,根据事实推断,后者更使人置信。

 

ある人たちは、「ありきたりの平凡な話」ということを口実にして、日本側に替わってその汚名をそそごうとして、すべて戦争というものは恐怖の結果を生み出すことは免れないものだと主張している。しかし、忘れてはならないことは、日本はいまだに中国における軍事作戦を戦争とは認めていない。しかも、主な被害者は非戦闘員の一般市民であるのだ。日本軍が中国で働いた暴行は、つまり勝利の高揚の中で兵士たちが正常心を失ったためなのか、それとも日本軍当局が採用した計画的な恐怖政策を代表するものなのだろうか?もしかして少なからぬ読者がそのような疑問を感じるかも知れないが、事実を根拠にして推論すれば、後者の考え方により大きな信頼が置けるのである。

 

士兵失去常态犯下的暴行,往往是在一个城市被占领时或疲惫的战争快要终结时发生的。这样的暴行虽然是难以宽恕的,但是其状况却不难明了。可是日军的暴行以南京为例,继续了三个月。至四月份作者离开中国时,尚未有终止。因此,据我们的推断并非是一部分日军失去控制,而是日本最高军事当局以恐怖手段来恐吓中国民众,妄图达到使之畏惧屈服的目的。无论是前面的结论正确,还是后面的结论正确,两个结论都同样使人感到苦痛。除此之外,不可能有第三个结论。日军要侵略任何的国家,显然也将采取了同样的手段。关于这一点是不可能找出怀疑的理由的。

 

兵士たちの常軌を逸した犯罪的な暴行は、往々にして一つの都市が占領された時、あるいは、疲労困憊した戦争が間もなく終結する時に発生するもので、このような暴行は許しがたいものとは言えるが、その状況を明らかにすることは難しい。しかし、日本軍の暴行は、南京を例にとれば、三か月間続き、筆者が中国を離れる四月までは、まだ終わっていなかったのである。そこで、我々が推論するに、一部の日本軍が統制を失ったというのではなく、日本の最高軍事当局が恐怖をもたらす手段で中国の民衆を脅して、人々を恐れおののかせて屈服させる目的を達成することを愚かにも企てているということであろう。もちろんこれは、前者の結論が正しいのか、それとも後者の結論が正しいのかではなく、両者の結論ともに同じように人々に苦痛を感じさせるもので、これら以外の第三の結論はあり得ないものである。日本軍はいずれの国家を侵略する場合でも、同様の手段をとることが明らかなので、この一点に関しては、疑いを差し挟む理由はどこにも見いだせないのである。

 

一般认为当今的时代是日本觉醒的时代,一方面接受了西方文明,取得了高度发展。另一方面又被其固有的古代文化所束缚。可是祸根含蓄在这种假定之中。目前远东继续受着无穷的灾祸。

 

現在の時代は日本の覚醒時代であるが、一方では、西洋文明を受け入れて、それを取得し高度に発展したものであり、また別の一方では、日本固有の古代文化に束縛されていると一般的には認識されている。しかし、災いの起こる根源がその種の仮定の中に含まれており、目下の極東は底知れぬ災禍を受け続けているのだ。

 

美国前国务卿史汀生(Henry Stimson)在「远东危机」(The Far Eastern Crisis)中说到「美国政府把日本看作好朋友,是强大敏感的邻邦。它在短短的几十年内,从※军阀专政的封建岛国,一跃成为工业化的现代国家。在若干深谋远见,老成持重的政治家的领导下,它以惊人的速度,吸收,融化了西洋文明的要素。勤劳,聪明的人民在实际技术方面,工业方面,商业方面取得了伟大的进步。工业方面的发展逐渐孕育成政治社会思想上的自由主义的倾向。日本的宪法采用了议会的政治特点:人民逐渐得到了参政权。”

军阀专政的封建岛国…江戸時代の封建的な政治体制についていう。

 

アメリカの前国務長官、スティムソンは、「極東の危機」の中で、「アメリカ政府は、日本国が友人であり、強大で微妙な隣国であると見なしている。日本はわずか数十年のうちに、軍閥専制の封建的な島国から一躍して工業化された近代国家になった。若干の深謀遠慮をすれば、経験豊富で物事に慎重な政治家の指導の下に、日本は驚くべき速度で、西洋の文明的な要素を吸収し融和させ、勤勉で聡明な人民は、実際に、技術方面、工業方面、商業方面などで偉大な進歩をとげたと言えよう。工業方面の発展は、次第に政治や社会思想上の自由主義的傾向をはらんで、それを促進するようになった。日本の憲法は、議会政治の特徴を取り入れて、人民に次第に参政権を与えるようになった」と述べた。

 

这不仅是美国政府对日本的看法,也是西方各国政府和人民对日本的看法。当然许多的中国人也持此种看法。但是,这完全是基于观察事实表面的错误假定。这种错误假定形成了远东政治的一般概念。所以,史汀生在该书中又写到“产业革命使日本经济社会的条件迅速发展。同时西方民主主义思想也伴随而来。可是,这些条件和思想仅仅局部地修正了日本军阀主义原来的优点和弱点。日本政府现在仍然有东方固有和西洋输入的两种势力的反映。这两种势力未完全融合在一起,相互争夺着领导地位。”

 

これはアメリカ政府による日本に対する見方ばかりでなく、西洋の各国政府とその人民の日本に対する見方でもあり、もちろん少なからぬ中国人もまた同じような見方をしている。しかし、これは完全に事実の表面的な観察に基づく錯誤の仮定であって、この種の錯誤による仮定が極東の政治的な一般概念を形成しているのである。それゆえ、スティムソンは、その書でさらに「産業革命は日本経済の社会的な条件を迅速に発展させた。同時に、西洋民主主義の思想がそれとともに入って来た。だが、これらの条件と思想は、局部的に日本の軍閥主義の長所と弱点とをわずかに修正したに過ぎなかった。日本政府は依然として現在も、東方固有のものと西洋から輸入したものとの両方の勢力が反映されており、この両種の勢力はいまだ完全には融合しておらず、相互に指導的地位を争奪しているという状況である」とも述べている」。

 

史汀生所说工业化的现代国家,一句话可以道破其实质。只不过是日本封建军阀独裁政治的工具而已。日本的一般人民,无论是农民还是工人对自身的幸福依然权利很少,同过去基本上一样。日本承受着军阀和财阀的联合统治,议会没有什么权力。人民没有民主权利和自由,也没有言论及出版自由。宪法赋予天皇至高无上的权力。如果想要修改宪法被当作大逆不道。※一九三七年十二月和一九三八年二月,自由主义学者,教授,作家及新闻记者数百人,及左翼议员两人,因“散步反战言论”先后被捕入狱。

一九三七年十二月和一九三八年二月…いわゆる「人民戦線事件」を指す。社会民主主義者に対する治安維持法による弾圧事件で、第一次には、左派社会民主主義の日本労働組合全国評議会や日本無産党の関係者417人が十二月に検挙され、第二次には、大内兵衛、東大教授ら11人、佐々木更三や江田三郎などの政治的な指導者など24人が翌年二月に検挙された。当時、佐々木更三は仙台市市会議員であった。

 

スティムソンの言う工業化した現代国家とは、その本質を一言で言えば、日本の封建的な軍閥による独裁政治を行うための手段に過ぎないのである。日本の一般の人々は、もちろん、農民であるか労働者であるかを問わず、自分の幸福に対して依然としてその権利がはなはだしく制限されており、過去の状況と基本的には変わっていない。日本は軍閥と財閥の連合による統治を受けており、議会には何らの権力もなく、人民も民主的な権利や自由を持っておらず、さらには、言論や出版の自由もない。憲法は天皇に絶対的で無上の権力を付与しており、もしも憲法に修正を加えようとでも思うならば、大逆無道の罪とされるのである。一九三七年十二月と一九三八年二月に自由主義の学者、教授、作家および新聞記者たち数百人と、左翼議員二人が、「反戦の言論をまき散らした」ということで捕らえられて入獄させられた。

日本统治阶级为了消除社会内部的不安而进行侵略战争。只要有人相信征服中国繁荣日本的荒唐之谈,日本封建的地主军阀集团才能延续农村的改革,保全其经济上,政治上的权力。只要资本家支持侵略战争,日本的统治阶级才能达到目标上的一致。但是如果侵略战争的前途危险,无利可图,再加上英美两国从经济上压迫日本,军阀和财阀的勾结势必决裂。这样,会给予日本人民争取自由,阻止战争的机会。在这场战争中,日本人民实际上遭受了损失,毫无益处。他们或死,或伤,他们的家属也因物价飞涨,延长工作时间,生活的恐慌,遭受着极度的痛苦。不允许伤兵单独会见亲友,不准自由发表谈话。由于严格的统制检查,日本人民不知道中国持有坚韧的力量,进行着非常顽强的抵抗。不知道这次战争的终结是无限期的。日本政府非常害怕真相一旦泄漏,人民的士气随之会低落。

 

日本の支配階級は、社会内部の不安を解消するために侵略戦争を開始した。中国を征服すれば日本が繁栄するという荒唐無稽な言葉を信じさえすればよいと信じる人がおり、日本の封建的地主や軍閥集団が農村の改革を引き延ばして、その経済上・政治上の権力を保持することができるようになった。また、資本家が侵略戦争を支持しさえすれば、それによってはじめて日本の支配階級もその目的の上での一致点に達することができるようになるのだ。しかし、もしも侵略戦争の前途に危険があり、利益をはかることもできず、またイギリスやアメリカの両国が日本に経済上の圧迫を加えるならば、軍閥と財閥との結託も必然的に決裂するだろう。そうなれば日本の人民は自由を取りもどし、戦争を阻止する機会を得ることになるだろう。この戦争の中で、実際のところ日本の人民は、損失を受けるばかりで何らの利益も得ることはなかった。彼らは、あるいは死にあるいは傷ついた。その家族もまた物価の高騰に苦しみ、労働時間が長くなり、生活にも恐慌をきたして、極度の苦しみを味わうこととなった。傷兵は単独で親友と会うことも許されず、自由に談話を発表することも禁じられていた。厳格な統制や検閲のせいで、日本の人民は、中国が保持している頑強な力量と、非常に強靱で持続性のある抵抗を知らない上に、この戦争の終結が無期限であることも知らない。日本政府は、真相がひとたび漏洩すれば、人々の士気がこれに伴って低落することを非常に恐れていたのである。

 

日本金融资本家和产业资本家,非常了解自身对英,美两国的依赖性。如果英,美两国实行对日本制裁,就毁灭了资本家的利润,就不能购入军需品和原料。就不能不采取整体性的经济政策,他们就会叫喊起停止侵略战争。日本产业界的巨头绝不是无力量的。他们只能在有利无害的条件下拥护侵略战争。

 

日本の金融資本家と産業資本家は、イギリスやアメリカの両国に依存していることをよく理解しているので、もしも両国が日本に対して制裁を加えるようになれば、それによって資本家の利潤は減少し、軍需品や原料が購入できなくなり、総合的な経済政策を取ることができなくなるので、彼らは侵略戦争をやめる叫びを上げるようになるだろう。日本の産業界の巨頭たちは、決して力量がないわけではない。彼らは有利で害のない条件の場合にのみ侵略戦争を支持するのである。

在中国发生的,和正在发生的事态,对全世界人民,不论是集团安全主义者,还是孤立主义者,都有密切的关系。作者热忱地希望给予目前处在苦难之中,南京的中外绅士,女士们的高尚行为和拥护国际正义的人士们以有力的激励和保护。只要人类不准备长期放弃决定是非曲直的权利;只要人类不愿冒巨大危险,不愿重演中国目前遭遇的无可名状的恐怖和苦难,全世界的人们对于勇敢抗战的中国绝不能袖手旁观,漠不关心。

 

中国で発生したり、まさに発生しつつある事態は、全世界の人々にとって、集団安全主義者であろうとも、あるいは、孤立主義者であろうとも、すべての人々と密接な関係を持っているのである。筆者は、現在苦難の状況にある南京の外国人紳士や淑女たちの高尚な行為と、国際正義を擁護する人たちに対して、大きな激励と保護が与えられることを熱烈に願うものである。人類が長期にわたって、是非曲直を決定する権利を放棄する意志がない限り、また、人類が巨大な危険を冒したり、中国が現在遭遇している名状しがたい恐怖と苦難の再演を望まない以上は、全世界の人間は、勇敢に交戦する中国に対して、拱手傍観の無関心な態度でいてはならないのである。

 

英国的统治集抱着恐惧心理,提出无能力的呼号:“我有什么?”法是有的。目前作的具体步是:我们实现用武器和金援助中国的言。但是我不能此而足。我须树立永久的集安全制度,以保护爱好和平的国家,使其不受侵略,然后我才能有和平的希望。我须觉悟到休戚与共的至理精,然后我才能消灭战争的阴影。

 イギリスの支配集団は、恐怖心を抱いて力ない声で、「我々にどんな方法があるのだろうか?」と叫んでいるが、方法はあるのである。現在の実情に即した具体的順序としては、我々が武器と金銭とでもって中国を援助するという約束を実行することである。しかし、我々はこれだけで満足すべきではなく、永久的な集団安全制度を樹立し、それによって平和を愛好する国家を保護するとともに、侵略させないようにすべきである。それができてこそはじめて我々は平和の希望が持てるようになるのである。我々は、彼らの幸運と不運をともにし、道理に立って物事の精髄をなすことの意義に目覚めなければならない。そうしてこそ我々は、やっと戦争の暗い影を消し去ることができるのである。

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