(一)1984年6月

 

〔悪魔の兵器トマホーク〕

アメリカの原子力潜水艦タニーが横須賀に入港した。日本国民の平和を願う心に背を向けるかのように、その異様な黒い巨体を荒々しく横たえている。タニー (TUNNY) とは、マグロを意味する英語だが、日本人の好むマグロとは似ても似つかない代物だ。外見だけは似ているが、タニーは、「煮ても焼いても食えない」核巡航ミサイル・トマホークを腹に抱いた原子力潜水艦なのだ。悪魔の兵器トマホークは、長さ6メートル足らずで直径50センチメートルほどの、極めて小さな核兵器だが、広島型原爆の20倍もの破壊力を持っている。それは、地上すれすれの低空飛行をしながら、2500キロメートルもの長距離を無人で飛び、ターゲットに正確に命中する精度をもっている。タニーとトマホークは、日本列島を「不沈空母」にして、アメリカの安全のために働く危険性を持っている。トマホークは、もともとアメリカン・インディアン(* ネイティブ・アメリカン)の武器であり、米語に「トマホークを掘りだす」という表現があるが、これはふつう「戦争を開始する」という意味で用いられる。核巡航ミサイル・トマホークは、タニーの腹部深いところに埋め込まれた箱形発射装置から打ち出される。してみると、「トマホークを掘りだす(打ち出す)」ということは、文字通り「戦争を開始する」ことになってしまう。こういう危険な武器を積んだタニーは、戦争を招く悪魔の使者とでも呼ぶべきであろう。〔子どもたちの未来のために〕私たちおとなは、子どもたちの未来のために、平和で豊かで美しい日本を築かなければならない。子どもたちを取り巻く環境は、劣悪で危険に満ちている。交通地獄・受験戦争・退廃文化・暴力礼賛・自然破壊・環境汚染など、枚挙に暇がない。いずれも改善していかなければならない重要な課題だが、平和を守る運動は、とりわけ力を入れて取り組んでいかなければならない。命を守ることがすべての原点だからである。昨今の防衛費の大幅増額の一方で、福祉や教育予算の大幅削減という政治の動きに、「日本の軍事大国化」や「軍国主義の復活」の危険性を指摘する識者も少くない。社会情勢も退廃と混乱の世紀末的様相を呈し始めている。すべてのおとなたちが手を取り合って、子どもたちの未来のために、 自分にできる「何か」をしなければならない。どのおとなにも、「何か」をしなければならない必然と、自分にふさわしい「場」とがあるはずである。先に、平和を守る運動を第一義的に強調したが、これは、他の運動とも深いところで結びついており、互いが対立したり、矛盾したりするものではない。それぞれの人が、平和を守ることを意識しながら、自分の「場」にふさわしいことを、息長く続けていけばよいのではなかろうか。作家や評論家は文章を通じて、画家や音楽家は芸術を通じて、教師は正しい知恵を授けることを通じて、すべてのおとなたちが、自分にふさわしい生き方をすることを通じて、「平和を守ろう」、「社会の劣悪な環境を改善していこう」と行動し続ければよいのだと思う。5月27日に横須賀で開かれた反トマホークの集会で、詩人の小森香子さんが発表なさったという詩「今日につながる明日のためのうた」のなかにこんな一節があった。いまの私の思いがそのままに、美しいことばで表現されている。強く心を打たれたので、その後半の一節を引用させていただくことにする。

       

だから

      今日につながる明日のために うたおう

      詩人たちは美しい日本語で真実のことばを

      くらしを愛し 妻や夫を愛し 日常を愛し

      子どもらを愛し 花や小鳥や太陽を愛する

      日本人の心のやさしさをこめて うたおう

      だから

      今日につながる明日のために つなごう

      基地の海に向かってつらなる 人間のくさり

      日本列島 いたるところで手を組み

      トマホークを積んだすべての舟に向かって

      断固として 帰れと叫ぶ人間のくさりを

      だから

      今日につながる明日のために 歩き出そう

      一人ひとりの 平和を守る行動へ

      核も基地もない 緑の祖国日本を

      誇らかに胸はって 子どもらに手わたす

      その日を ともにつくりだすために

      

〔平和を願う人間のくさり〕

5月27日に「トマホークくるな」の願いをこめて、全国で10万人の市民が集まった。私は、「人間のくさり」の一員として、愛知県の依佐美(よさみ)基地に出かけた。ここには、アメリカ海軍・第七艦隊の75隻の艦船に指令を送る巨大な鉄塔がある。何年か前には、柵をくぐって遊んでいた子どもが鉄柱に触れて感電死したという。自分の目で確かめてみてほんとうに驚いた。あたりは青々とした一面の麦畑が広がる静かな農村であった。日曜なのに、働く農民のあちらこちらに見受けられ、遠くからはトラクターの音がときおり聞こえてくる。日本のどこにでも見られるこうした農村に、8本の巨大な鉄塔が異様な姿でそそり立っていた。43年前には、この鉄塔から真珠湾奇襲攻撃の合図「ニイタカヤマノボレ」の暗号が超長波で発信されたという。私たちは、11000人の輪になって、この鉄塔の回りに集った。労働組合の旗がある。市民団体の旗がある。学生たちもいる。それにしても、なんと親子連れの多いことか。静かで穏やかなデモンストレーションだが、本当の力強さがある。11000人の「人間のくさり」がつながった瞬間に号砲が轟いた。そして、これを合図に大地を揺るがすようなシュプレヒコールがまきおこった。「依佐美基地をなくせ」「トマホークはくるな」と。私たち11000人の平和シュプレヒコールはこの鉄塔の高さを圧倒した。さて、先に挙げた英語の言い回し「トマホークを……」には、もう一つ「トマホークを埋める」というのがある。これは、「和平する」という意味で用いられている。

子どもたちの未来のために、「トマホークはくるな」と言うばかりでなく、それでは、「トマホークを深く深く埋める」ため、自分にできることもう一歩進めようではないか。

          印は、筆者の(注)        

(月刊「子どもの本棚」84年7月号より転載)


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