異文化トレーニング

     ―― 集団主義か個人主義か ――

恩田 満

一般的に言って、ある物事や行動の是非について考える場合に、その状況からある程度離れなければ、客観的に見つめることが難しいと言われている。ある国の人々の生き方が集団主義的なのか個人主義的なのかは、自国と他国の人々の考え方や行動の違いを見ながら、相対的に比較していかなければならない。内にいると見えにくいものが外に出ると見えるやすいとも言われている。そういうことであれば、短期間の外国旅行であっても、何かを学んでやろうという前向きな意識を持つ人は、旅行をしながらでも「ああ、こんなことがあったのか」「え、そんなふうに行動しなければいけなかったの」「あの人のやり方は日本人の典型じゃないかしら」などと、自国の文化に対してもある種の客観的な見方ができるようになるだろう。
夏目漱石は、明治33年(1900)9月から36年(1903)3月まで二年半ほどロンドンに留学したが、この頭の固い古風な日本人がロンドンの自由な空気に触れて感じた思いを、のちに『私の個人主義』という題目で、学習院大学の学生たちに講演している。漱石は講演の途中で「あなた方が世間へ出れば、貧民が世の中に立った時よりも余計権力が使える。(中略)権力に次ぐものは金力です。これもあなた方は貧民よりも余計に所有しておられるに相違ない」と述べたあと、「第一に自己の個性の発展を仕遂げようと思うならば、同時に他人の個性も尊重しなければならないという事。第二に自己の所有している権力を使用しようと思うならば、それに付随している義務というものを心得なければならないという事。第三に自己の金力を示そうとと願うなら、それに伴う責任を重んじなければならないという事」と結論づけている。100年も前の明治の人間が個性の尊重という意味で、個人主義の必要性とそのありかたを説いていたのだ。
さて、翻って現代の日本の状況に目を向けてみよう。仮定として20年ぶりに開かれたクラス会を例に取って見ることにする。そこでは、次のような会話が交わされることも少なくはないだろう。
「やあ、久しぶりだね。君は昔とちっとも変わっていないね。ところでいま、何をしているんだね」
「なあに、君こそ昔のまんまじゃないか。実は、僕はね、○○自動車の営業部長をしているんだよ。わが社では、出世頭の方に入るのかなあ」
「そうかそうか、なかなかの出世だね。でもね、わが社の場合は40代では部長になれないからな。ほれ、この襟に付けた社章を見てくれよ。日本のトップ企業だからな。でも、僕なんかやっと課長になったとこさ」
旧友同士でありながら、学生当時のことを楽しく語り合うよりも、サラリーマン社会でのつながりを重視する傾向がしばしば見受けられる。時には、自分の勤める会社と旧友の会社の利害関係を考えて、思い出よりも会社への帰属意識を優先させてしまうこともある。卒業してからの20年間の一個人としての生活なり人生なりを語り合うというのではなく、勤務している会社の社名なり役職を語る人が多い。お互いがサラリーマンでありながら自分の職種や業務内容について語ることよりも、まず勤務する会社名を挙げることが多い。職種へのプライドよりも社名や地位へのプライドの方が大きい。それは、「わが社」とか「この社章」ということばの中に典型的に現れている。これは会社への帰属意識の現れであるが、集団主義の現れの一つともいうことができる。
次に、酒を飲んだりパーティーを催したりする機会について見てみよう。欧米人はよくホームパーティーを開くが、その際には身内を集めるばかりでなく、近隣の親しい人を招待することも少なくない。庭でバーベキューをしながらお酒を飲み、楽しい語らいを持つ。そこには子どもも参加して社交の第一歩を勉強する。ところで、日本の場合はどうであろうか。会社帰りのサラリーマンが赤提灯で同僚たちと語り合う話題は、ほとんどが会社の話になっている。会社でのことは会社の中で話し合えばよいのに、居酒屋で侃々諤々議論を交わしている。「自由人」を標榜する私のような人間には耳障りでならない。こうした「会社人間」は、会社から自立した人間では決してない。少なくとも、会社と個人という契約に基づいて労働力を提供し、そのかわりに賃金を受け取るという対等な人間関係にはなっていない。
最後に、日本人に少なからず見受けられる亭主関白型の人間について考えてみよう。こういうタイプの男性は「男は社会に出ると七人の敵に囲まれている」「男の仕事場は戦場だ」「家に帰ったら安らぎがほしいから、俺は家のことは一切やらない」などということばを吐くことが多い。しかし、本当に仕事のできる人間の目には、こういう男性はただの甘えん坊か無能者にしか映らない。あるいは、自立心を持たない「お坊っちゃま君」か「父っちゃん坊や」に過ぎないと言ってもいいのかもしれない。こういう男性には、「ボーイズ、ビー、アンビシャス」ではなく、「早く一人前のおとなになりなさい」という意味を込めて「ボーイズ、ビー、インディペンダント」ということばを送ってやりたい。
さて、集団主義であるべきなのか、個人主義であるべきなのかについては、今さら論を俟たないことであろう。集団中心主義的なものの考え方は、戦前まで幅をきかせていた。これは時として、悪い意味での集団責任を助長させたり、自己のなすべき責任を回避する道につながったり、あるいはまた、軍国主義思想のバックボーンになってきたりした。何事をなすにも集団で行動する日本人の傾向は、決して好ましいものとは言えないだろう。集団の中の一員として周囲の人たちと奇妙な連帯感を持ちながら、心地よく安全に過ごそうとするあり方や、事なかれ主義で回りの人と論争もせず、対立を持ち込まないようにする生き方は、社会の発展のためには望ましいものではないはずだ。個人の尊厳を重んじる民主主義の原点からすれば、こうした集団主義的なあり方や生き方は克服されなければならない。漱石の時代から100年以上も経た現代でもなお、自己のアイデンティティーが欠如した日本人が少なくないと思われる。そういう人間は、他律的な命令や指示を好み、物事を運命論的に捉える傾向がある。星座でその日の運勢を判断したり、占いで自分の将来を判断したり、血液型で人物の性格を判断したりするなど、何とまあ非科学的かつ運命論的に物事を考える人の多いことか。ただただあきれるばかりである。こういう人物たちは支配者にとってまことに都合のよい存在であろう。集団主義的で運命論的で、かつ蒙昧で従順な人間の数が増えれば増えるほど支配がしやすいからである。人は常に自己改革をはからなければならないし、自分の努力によって一歩ずつ前進していかなければならない。従って、日本人が集団主義的であるかどうかを分析することよりも、どうすればこの前近代的な発想法から脱却できるかについて考えるべきであろう。
「異文化トレーニング」についての今回の文章は、言語文化の差異を考えるものであったため、データ的な現象面を述べることに終始してしまった。副題にあった「ボーダレス社会を生きる」という方向性が必ずしも明確に示されていなかったことが残念であった。ボーダレス社会を生きるには、文化を相互に理解しあうだけでなく、どちらかに誤りがあればそれを正すことも必要であると思うからである。また、今後ともあらゆる場で、悪い意味の集団主義を克服する努力が成されるべきであるとも考えるからである。

 * 著者の許可なく無断転載することを禁じます。  


Copyright 2002 Mituru Onda. All rights reserved