「幸福な王子」の創作のモティーフ

                                   恩田 満

 作者のオスカー・ワイルドは、たいへん子煩悩な父親であった。子どもたちと遊ぶことがなによりも好きで、「ワイルドは、床の上に四つんばいになり、馬になったりライオンになったりした」と、ワイルドの伝記学者シェラードが述べている。また、子どもたちが字が読めるようになると、スティヴンスンの『宝島』とか、キプリングの『ジャングルブック』などを買い与えたとも伝えられている。
  さらに、別の伝記学者であるハイドは、次のように述べている。「かれは、自作の童話を二人の子どもに読み聞かせていた。あるとき "The Selfish Giant" を読んだときに、ワイルドの目に涙がいっぱいたまっていたのを、息子のシリルが不思議に思って尋ねると、彼はこう答えた。
"Really beautiful things always make me cry!"
  この作品は、ワイルドがオクスフォード時代に教えを受けたペー
ター教授から絶賛されたものだった。ペーターは、ワイルドに次のような手紙を送ってその作品を讃えたのである。
"'The Selfish Giant' was perfect in its kind, and the whole book written in pure English"
  これを読んだワイルドが童話創作についてさらに意を強くしたこ
とは想像に難くないだろう。
"The Selfish Giant" は、ワイルドの最初の童話集
    
The Happy Prince and Other Tales
の第3番目の作品である。この童話集は、1888年の前半に一気に書き上げられて出版されたものだが、ペーターの賛辞に気をよくしたワイルドは、翌年には二つ目の童話集
    
A House of Pomegranates
を出版している。彼はもともと自分の文体と表現に自信を持っていたが、内容においても、美しいものを世の子どもたちに、とくにわが子のシリルやヴィヴィアンのために与えたかったのではなかろうか。他の童話作家の手によるものでなく、自らの作品をわが子に与えることで、そのりっぱな成長を願う父親としての気持ちを満足させたかったのではなかろうか。
  創作の動機のもう一つは、デンマークの童話作家アンデルセンを意識して、彼と肩を並べることができる作品を書こうとしたからだと推測する。
  ワイルドは、「幸福な王子」の中にマッチ売りの少女を登場させているが、 その少女の特徴は、 アンデルセンの「マッチ売りの少女」といくつかの点で共通点がある。また、「幸福な王子」の結末の部分には、炉に入れても説けない鉛の心臓のことが書かれているが、これもアンデルセンの「すずの兵隊」の結末の部分とイメージが一致する。「すずの兵隊」では、紙の踊り子とすずの兵隊がストーブの中で溶けてハートの形となり、その二人が結ばれるというエンディングになっている。それに対してワイルドは、その趣向を逆手にとって、鉛の心臓は溶けずに残り、ツバメとともに昇天するというエンディングに変えた。さらに、二人の愛が神の手によって至上の高みに昇華されるという要素を加えた。
  なお、鉛の兵隊と王子の特徴には、性格付けの上で大きな違いがあるが、ワイルドは、アンデルセンを意識して、より人間味のある人物像を造形しようとしたように思われる。「幸福な王子」では、悲劇的な暮らしをする街の人々を見て、王子がツバメの体に同情の涙を落とすところから物語が展開していく。「幸福な王子」では、人間的で情のある主人公の姿が造形されているが、「すずの兵隊」では、

 "She was still standing on one leg with the other raised high in the air ─ she, too, was steadfast. The tin-soldier was deeply moved ─ he was ready to weep tin tears, but that was hardly the thing to do. He looked at her she looked at him but they said nothing."

(Translated from Danish by L.W.Kingsland)

となっていて、すずの兵隊は涙を流さなかったし、二人は語り合ってもいない。その部分にワイルドは、不満を覚え、自分の作品には、王子が悲しみの涙を流すことはもとより、王子とツバメの間で心の通いあう語らいがなされるという点を付け加えている。
  さらに、もう一つ創作の動機としてあげたいのは、ワイルドが社会主義的な思想を、童話という形式で、人々にわかりやすく伝えようとした点である。ワイルドは、1890年に「社会主義下における人間の霊魂」という論文を発表しているが、その中に次のような一節がある。

 社会主義が行われれば、物に対する犯罪はなくなり、貧乏を救うのではなく貧乏のあり得ない社会を見出すことができるようになる。かくて個人は充分に自己の個性を発揮できる
ようになる。           (西村孝次訳・青土社)

 ここに見られるワイルドの社会主義に対する考え方は、本来的な社会主義とはかなり異なるものではあるが、彼は、社会主義社会になれば、人間の個性や精神の自由が保障されるものだと考えていた。また、ワイルドは、当時の社会主義思想の影響を受け、貧しく虐げられた人々を救おうという考え方も持っていた。名声ある外科医の息子として育ったワイルドが、社会的にも経済的にも恵まれている自分と、様々な意味で虐げられている人々との間に矛盾をかんじていたことは、彼の性格や生き方からして当然のことである。ワイルドは、王子とツバメという登場人物の行為を通じて、社会的弱者に対して施しをなすという方法で、自分の内にある搾取する側の罪の意識を払おうとしたのであろう。
                        

    「日本イギリス児童文学界・会報」1994年 秋季号

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