(一)アボリジニ神話に見る一側面

                         恩田 満

 オーストラリア先住民・アボリジニについては、昨今いろいろと紹介されるようになったが、その神話のおもしろさについては、まだ広くは知られていない。しかし、オーストラリアでは、かなり前からアボリジニの神話の研究が盛んに行われ、その内容や社会的な背景などが、成人向きの文学作品ばかりでなく、児童文学にも非常に大きな影響を与えている。日本の文化や文学作品への直接の影響は、今のところ見受けられないが、日本神話や日本の古典文学の一部と類似した内容もあって興味深い。深く掘り下げて研究すれ場、尽きせぬ面白さをもって浮かび上がるものと思われるが、小生もまだ、研究の緒についたばかりなので、今回は、@オーストラリア先住民・アボリジニとは、A神話に見るアボリジニ社会・人間関係、B日本神話との類似性・相違性などについて、的を絞って簡単に報告させていただく。

@ アボリジニは、東南アジアのいずれかの場所に住んでいた、いくつかの民族にそのルーツがあると言われている。彼らは、四万年ほど前から何百・何千世代にもわたる長い長い年月をかけて、南へ南へと渡っていってようだ。当時の地球は、氷河期にあり、北半球のかなりの部分が氷河や氷土に覆われており、海面は現在より120メ−トルほど下がっていた。そのため、オーストラリア大陸とニューギニア、インドネシアなどは陸続きでつながっていた。当時の人々が東南アジアから、徒歩で、あるいはカヌーなどで転々と島づたいに渡ることは可能だったのである。人々は、住みやすい環境を求めて南下を続け、最終的にオーストラリアを定住の地とし、その広大な土地にさまざまな文化を築いてきたのである。

A アボリジニが、Dreamtime と呼ぶ夢幻時代(神々の時代)の神話の中には、天地創造・人類創造の話はもとより、どのようにして自分たちの祖先がこの土地にやってきたかということや、太古の昔に起こった劇的な自然界の変化などに言及したものがある。
  では、"The Dreamtime" という書物の中から、他の世界の神話と較べて興味深いものを二つ三つ挙げてみることにする。 "The Dreamtime" の第三話に、'The Sun-womwn and the Moon-man' というのがある。プルクパリという名の「世界で初めての人間」が仲間のジャパラと木をこすり合わせているうちに火が生まれるという「火の起源」を述べたもので、これだけではなんの変哲もないが、おもしろいのはその後の話である。プルクパリは、その火を大きな松明と小さな松明に移し、大きな方をウリュープラナラ(女)に渡し、小さな方をジャパラ(男)に渡す。二人は、それぞれ松明を持って天に昇り、 ウリュープラナラは「太陽女」、 ジャパラは「月男」というように変身するのである。女が太陽で、男が月という組合せは、日本の『古事記』にある、太陽の女神アマテラスと月の男神ツクヨミの場合や、東南アジアのいくつかの地域の神話や伝説に類似のものがあるが、西欧世界ではめったに例を見ないものであろう。この差異がどこから発するのかについてはさまざまな議論があろうが、アボリジニ神話の側に立ってこれを見ると、彼らの生活や文化と密接なかかわりを持っていることがわかる。
  その一例を狩りで倒したカンガルーの肉の分配方法に見ることに
する。美味でもっとも良い肉は、長老か妊婦に与える。他の良い部分の肉は、女性たちや子どもたちに与える。ハンターたる男たちは、残ったあまり質の良くない肉を口にするという厳格なしきたりがある。彼らの社会では女性が尊重され、老人や子どものような社会的弱者が大切にされているのである。太陽が男性でなく、女性の象徴であるということは、このこととは無縁ではないだろう。
  第十七話の、"The Numbakulla and the First Aborigines" は、オーストラリア中央部に伝わる人類創造の神話だが、海に囲まれた日本や、太平洋に浮かぶポリネシアの島々の神話とも、かなり趣を異にしている。この神話は、「世界巨人」ともいうべきナンバクラ兄弟が天界から降臨し、大きな岩の中から人間の形をしたものを、石のナイフで切り出し、それに目鼻や口などの切り込みを入れて人間にするという内容である。岩から人間が生まれるという考え方は、オーストラリア中央部の荒涼とした風土や自然条件と結びつけてみると、なるほどさもあらんと、うなづけるものだ。だが、この岩は、太古の時代における何を象徴したものなのだろうか。興味のあるところである。
  ところで、世界中に「こびと」が登場する民話や伝説が存在するが、アボリジニの神話もその例にもれず、「こびと」が登場する話がある。 "The Ningaui"( ニンガウイ)と呼ばれる体長60pほどのこびとは、マングローブの木の下に住み、アボリジニたちにいろいろないたずらをする存在として、人々の間で語り伝えられてきた。いたずらの仕方の滑稽さや、どこか憎めないところのあるニンガウイは、アイヌの神話に現れるコロポックルと何となく似ている点があっておもしろい。

B 日本神話で、最初の夫婦神という性格をもって現れるイザナキ・イザナミという二柱の神は、それぞれ天なる父、母なる大地として、天地創造、人類創造に携わる「世界巨人」という性格を持っている。『古事記』の冒頭部分には、イザナキ・イザナミの二柱の神が矛で海の水をかき回し、その先から滴った塩水が固まって島になった、とある。それに続く話として、二柱の神の結婚があり、子どもを作る話があり、さらに、多くの島々を作るという話に発展していく。続いて、イザナキが顔を洗ったとき、左目から太陽の女神アマテラスが生まれ、右目から月の男神ツクヨミが生まれるという話がある。このような、太陽が女で、月が男という話は、北海道アイヌの神話の中にも類似のものがある。それは、人類創造について述べたものだが、話は次のような展開になっている。

 国造神が地上に山や川や樹木など造った後、 このままではどこか寂しいと感じて、 夜の神と昼の神の人間を造ることを命じた。 夜の神はすぐさま人間を造ったが、それはすべて男であった。 年月がたつと死んでしまい、数がだんだん減って
しまった。 その後、昼の神が人間を造るようになったがこれはすべて女であった。 男と女がいっしょに生活するようになり、 それからはどんどん人間がふえていった。国造神は、夜の神と昼の神をほめ、 天に昇ることを許した。そして、男を造った夜の神は月となり、女を作った昼の神は太陽になった。

 この話もまた、アボリジニの神話と共通点を見せて興味深い。考古学的には、両者の交流の跡はまったく見いだせないが、類似の神話を生みだす、類似の文化の基準があったことは間違いないだろう。

(「日本イギリス児童文学会・会報」91年春季号。)
(日本イギリス児童文学会・創立20周年記念研究大会にて発表。
                   90.11.10 於:立教大学)

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